『プラグマタ』クリア後レビュー|“感情を持った存在”たちを描く、切なくも美しいSF作品だった

 

※本記事は『PRAGMATA(プラグマタ)』のクリア後レビュー・ネタバレ感想記事です。ストーリー終盤やエンディングについても触れているため、未クリアの方はご注意ください。

 

『プラグマタ』をクリアして最初に感じたのは、

「かなり王道なストーリーだったな」ということでした。

AI少女との出会い。
共に旅をする中で生まれる絆。
そして最後に訪れる別れ。

物語の大筋だけを見れば、本作はある意味で“よくあるSF作品”とも言えるかもしれません。

 

しかし、それでも私はこの作品をかなり高く評価しています。

なぜなら、本作は単なる「泣かせるための物語」ではなく、

“一緒に戦い、守り、積み重ねてきた時間”そのものを感情へ変えていく作品だったからです。

 

特に印象的だったのが、ディアナとヒューの関係性でした。

最初はただの「オジサンと少女のバディ」に見えていた2人ですが、

物語が進むにつれて、その関係性は徐々に“父と娘”のようなものへ変化していきます。

そして、その積み重ねがあったからこそ、

終盤からラストシーンにかけての展開はかなり切なかったです。

 

また、本作をクリアして改めて感じたのは、

『プラグマタ』は単なる「AI vs 人間」の物語ではなかったということ。

月面基地を管理するAI「イドゥス」。
命令に従って動く作業用・戦闘用ボットたち。
そして、“感情のようなもの”を持ち始めた治験体「プラグマタ」。

本作では、それぞれが明確に異なる存在として描かれています。

 

特にディアナやエイトは、単なる機械やAIではなく、

「感情を継承してしまった存在」として描かれており、

そこが本作の物語に強い切なさを与えていました。

 

そして、ラストシーンでディアナが口にする、

「私、やってみる…!」

という言葉。

これはゲーム中ではハッキング時に使われるセリフでもあります。

しかし、エンディングにおけるその言葉は、単なる戦闘用の掛け声ではありません。

 

それは、

「ヒューのいない世界で、自分の人生を生きていく」

という、ディアナ自身の決意表明だったように感じました。

 

この記事では、『プラグマタ』をクリアしたうえで、

  • ストーリー全体の感想
  • ディアナとヒューの関係性
  • エイトという存在について
  • AI、ボット、プラグマタの違い
  • ラストシーンやエンディングの意味

などについて、ネタバレ込みでじっくり感想・考察を書いていきます。

――――

なお、本記事はクリア後のネタバレ感想記事になります。

ネタバレなしでゲームシステムや戦闘、ハッキング要素について知りたい人は、先にこちらのレビュー記事をご覧ください▼

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  1. プラグマタの物語は“王道”だが、それが良かった
    1. 展開や結末自体はある程度予想できる
    2. それでも感情移入できた理由は“積み上げ”にある
  2. ディアナとヒューの関係性が本作最大の魅力だった
    1. 2人の関係は完全に“父と娘”だった
    2. ディアナは“役立たずの治験体”ではなく、“感情を持った存在”だった
  3. AI・ボット・プラグマタはそれぞれ別の存在として描かれている
    1. イドゥスは“論理だけ”で動くAIだった
    2. ボットたちは“役割”を与えられた機械だった
    3. プラグマタは“感情を持ち始めた存在”だった
  4. エイトは本当に“悪”だったのか
    1. 博士の悲しみを継承した存在だった
    2. “純粋な共感”が暴走した悲劇
  5. ヒューの最期が切なすぎる
    1. 最後まで真実を隠していた理由
    2. 「海を見てこい」「お前の世界を生きろ」が重い
  6. 「私、やってみる…!」で意味が変わるラスト
    1. 戦闘中のセリフが“人生の決意”へ変わる
    2. 月を見上げるラストが美しい
  7. プラグマタは“感情を持ってしまった存在”の物語だった
    1. AI vs 人間の話ではなかった
    2. ディアナは最後、“ひとりの存在”になった
  8. ゲームとしても最後まで高密度だった
    1. 終盤まで“考える戦闘”が崩れなかった
    2. 疲れるが、それでもやめられないゲームだった
  9. まとめ|ベタでも、“だからこそ”刺さるSFだった

プラグマタの物語は“王道”だが、それが良かった

展開や結末自体はある程度予想できる

プラグマタのストーリーをクリアまで見届けた感想として、まず率直に感じたのは、

「かなり王道なSF作品だった」

ということです。

 

例えば、

  • AI少女との出会い
  • 共に旅をする中で生まれる絆
  • 徐々に“家族”のようになっていく関係性
  • 最後に訪れる別れ
  • 主人公の自己犠牲
  • “生きてほしい”という願い

など、物語の構造だけを切り取れば、ある意味で“よくあるパターン”とも言えるかもしれません。

 

特に終盤の展開については、ある程度予想できる部分もありました。

  • ヒューがディアナに対して強い保護欲を見せること
  • ディアナが徐々に感情豊かになっていくこと
  • そして、「海を見たい」という願いが繰り返し描かれること

これらの積み重ねがあった時点で、

「おそらく最後は切ない別れになるんだろうな」

という空気感は、途中からかなり強く漂っていました。

 

しかし、それでも私はこの物語を高く評価しています。

なぜなら、本作は“展開そのもの”で驚かせるタイプの作品ではなく、

「どう積み上げるか」

を非常に丁寧に描いていたからです。

 

それでも感情移入できた理由は“積み上げ”にある

本作が良かったのは、ヒューとディアナの関係性を、

単なるイベントや会話だけで成立させていなかったことです。

プレイヤーはゲームを通して、

  • ディアナを守りながら戦い
  • 一緒に探索し
  • 会話を重ね
  • 困難を乗り越え
  • 少しずつ成長していく姿を見る

ことになります。

 

つまり本作は、

「ストーリーを見るゲーム」

というよりも、

「ディアナと共に過ごすゲーム」

に近い構造になっています。

これがかなり大きかったです。

 

特に本作は、戦闘の負荷が高いゲームでもあります。

ハッキング、エイム、回避、リソース管理など、プレイヤーは常に高い集中力を要求されます。

だからこそ、その緊張感の中で挟まれる、

  • 何気ない会話
  • 地球への興味
  • 子供らしいリアクション
  • ヒューとのやり取り

などが非常に印象に残ります。

単なるイベントシーンではなく、

「一緒に危険を乗り越えてきた相手」

としてディアナを見るようになるため、終盤の展開に自然と感情移入できるようになっていました。

 

また、ディアナは最初から

“感情豊かなキャラクター”として描かれているわけではありません。

物語が進むにつれて、

  • 不安
  • 喜び
  • 甘え
  • 悲しみ
  • 執着

のような感情が少しずつ強くなっていきます。

そして、その変化をプレイヤー自身が長時間かけて見ているからこそ、

ラストシーンでのディアナの姿がより切なく感じられました。

 

個人的には、本作は“泣かせようとしてくる作品”というよりも、

「気づいた頃には感情移入してしまっている作品」

だったように思います。

――――

王道な物語ではあるものの、ディアナとヒューの関係性や、

“感情を持った存在”たちの描き方が非常に印象的な作品でした。

SF作品や、感情重視のストーリーが好きな人にはかなりおすすめです。

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ディアナとヒューの関係性が本作最大の魅力だった

2人の関係は完全に“父と娘”だった

ディアナとヒューの関係性は、本作の核と言っていいと思います。

最初は、

「無愛想なオジサンと、不思議な少女」

という、よくあるバディもののようにも見えました。

しかし、物語が進むにつれて、その関係性は徐々に変化していきます。

 

特に印象的だったのは、ヒューがディアナに対して向ける感情です。

もちろん、最初から露骨に“父親”のような態度を取るわけではありません。

しかし、

  • 危険から守ろうとする
  • 不安を与えないようにする
  • 地球を見せてあげたいと思う
  • 海を見たいという願いを叶えようとする

など、その行動は完全に「保護者」のそれでした。

 

一方で、ディアナ側も少しずつヒューへ強く依存していきます。

最初は単なる協力関係だったものが、

「一緒にいたい」
「離れたくない」

という感情へ変化していく。

そして、その積み重ねがあったからこそ、ラストシーンでの別れが非常に重く感じられました。

 

特に最後、貨物船のガラス越しに手を合わせるシーンは、本作を象徴する場面だったと思います。

物理的には完全に隔てられている。

しかし、お互いの想いだけは確実に繋がっている。

 

あの場面は、単なるバディものではなく、

“親子の別れ”

として描かれていたように感じました。

 

また、ヒューが最後にディアナへ言う、

「海を見てこい」
「お前の世界を生きろ」

という言葉も非常に印象的でした。

これは単なる励ましではなく、

「親が子を送り出す言葉」

そのものだったと思います。

 

ディアナは“役立たずの治験体”ではなく、“感情を持った存在”だった

本作をクリアして改めて感じたのは、

ディアナは単なるAIキャラクターではなかったということです。

 

作中で語られるように、ディアナは「プラグマタ」と呼ばれる治験体のひとりでした。

博士の研究においては、他の個体ほど優秀な成果を出せなかった存在でもあります。

そのため、ディアナ自身も、

「自分は役立たずだった」

という引け目を抱えていました。

しかし、本作が面白いのは、博士がディアナを“失敗作”として処分しなかった点です。

 

なぜならディアナは、プラグマタの中で初めて、

“感情のようなもの”

を見せ始めた存在だったからです。

ここが本作の非常に重要な部分だと思いました。

 

本作には、

  • イドゥスのようなAI
  • 命令に従うだけのボット
  • そしてプラグマタ

という異なる存在が登場します。

その中でディアナは、単なるシステムや機械ではなく、

「感情を持ち始めた存在」

として描かれていました。

 

例えばディアナは、

  • 不安になる
  • 寂しがる
  • 嬉しそうにする
  • 甘える
  • ヒューと一緒にいたがる

など、非常に人間らしい反応を見せます。

そして、その感情は物語が進むほど強くなっていきます。

だからこそ、ラストシーンでディアナが1人になった時、プレイヤーは単に「AIが残された」とは感じません。

 

そこにいるのは、

「大切な人を失った少女」

としてのディアナでした。

 

個人的には、本作が単なるSF作品では終わらなかった理由は、

この“感情の描き方”にあったと思います。

 

AI・ボット・プラグマタはそれぞれ別の存在として描かれている

イドゥスは“論理だけ”で動くAIだった

プラグマタをクリアして感じたのは、

本作は単純な「AI vs 人間」の物語ではないということです。

 

作中には様々な人工的存在が登場します。

例えば、月面基地クレイドルを管理しているAI「イドゥス」。

これは基地全体を統括するシステムのような存在であり、施設管理やボット制御などを行っています。

 

しかし、イドゥス自体には、人間的な感情はほとんど感じられません。

あくまでも、

  • 命令を処理する
  • 施設を制御する
  • システムを維持する

という、“論理”によって動いている存在として描かれています。

つまり、イドゥスは「人格を持ったキャラクター」というより、

“巨大なシステムそのもの”

に近い存在です。

 

そして、このイドゥスがエイトの命令によって暴走したことで、

月面基地クレイドルは崩壊状態へ陥ります。

ここで重要なのは、イドゥス自身に強い悪意があるわけではない点です。

 

イドゥスはあくまでも、

「与えられた命令を実行している」だけに見えます。

このあたりも、本作が単純な“機械の反乱もの”とは少し違うと感じた部分でした。

 

ボットたちは“役割”を与えられた機械だった

作中に登場するボットたちも、

基本的には「役割」を持った機械として描かれています。

 

例えば、

  • 戦闘用ボット
  • 作業用ボット
  • 岩盤掘削用ボット

など、それぞれ明確な用途があります。

つまり彼らは、

“何かを行うための機械”として存在しています。

そのため、ボットたちにも人格のようなものはほとんどありません。

 

戦闘用なら敵を排除する。

作業用なら作業を行う。

非常に機能的です。

 

この点は、ディアナやエイトとの大きな違いだと思いました。

ボットたちは“役割”のために存在している。

しかし、プラグマタたちは、

そこから少し逸脱し始めている存在として描かれています。

 

プラグマタは“感情を持ち始めた存在”だった

本作で最も重要なのが、「プラグマタ」という存在です。

 

ディアナやエイトは、博士の研究によって生み出された治験体です。

しかし、彼女たちは単なるAIや機械ではありません。

特に重要なのが、“感情”です。

 

ディアナは作中を通して、

  • 不安
  • 喜び
  • 悲しみ
  • 甘え
  • 執着

など、人間的な感情を見せるようになります。

また、エイトも同様です。

彼女は博士の悲しみや怒りを受け継ぎ、それを“理解”してしまった存在でした。

ここが非常に重要だと思いました。

 

本作における悲劇は、

「AIが暴走した」

ことではなく、

“感情を理解してしまった存在が暴走した”

ことにあります。

 

エイトは博士の苦しみを理解してしまった。

しかし、その感情を“どう扱えばいいのか”までは理解できていなかった。

だからこそ、

「全人類に博士の悲しみを共感させる」

という極端な結論へ辿り着いてしまいます。

 

このあたりは、人間の感情を“学び始めた存在”として

非常に興味深い描かれ方だったと思います。

 

そして、その対比として描かれているのがディアナです。

エイトが「悲しみ」を継承した存在だとすれば、ディアナは「優しさ」を継承した存在でした。

 

だからこそ、本作のラストは単なる別れではなく、

“感情を受け継いだ存在が、自分の人生を歩き始める物語”

として成立していたのだと思います。

 

エイトは本当に“悪”だったのか

博士の悲しみを継承した存在だった

本作の敵役とも言えるエイトですが、

個人的には単純な“悪役”とはあまり感じませんでした。

 

もちろん、彼女が行ったことは非常に危険です。

AIを暴走させ、基地職員たちを死に追いやり、

さらには「デッドフィラメント」を地球へ送り込もうとしていた。

結果だけ見れば、完全に世界規模の災厄を引き起こそうとしていた存在です。

 

しかし、その動機を知ると、本作の印象はかなり変わります。

エイトは博士の助手のような存在として、最期の瞬間まで側にいました。

そして彼女は、博士がどれほど苦しみ、悲しみ、絶望していたのかを間近で見続けていた。

 

博士は娘であるデイジーを救うために研究を続けていたにもかかわらず、

デルフォイ社によって未完成の製剤が勝手に使用され、その結果、娘を失ってしまいます。

しかも博士自身は月面にいたため、最期を看取ることすらできなかった。

その後悔と怒り、苦しみは相当なものだったと思います。

 

そしてエイトは、その感情を“理解してしまった”。

ここが本作の重要な部分だと思いました。

 

エイトは単に命令を実行していただけではありません。

彼女は博士の感情を継承し、その悲しみを世界へ向けようとしていた。

 

つまり、本作の悲劇は、

「AIの反乱」

というより、

“感情を理解した存在の暴走”

として描かれていたように感じます。

 

“純粋な共感”が暴走した悲劇

エイトが興味深いのは、その行動に強い悪意が感じられない点です。

 

もちろん、やっていることは極端です。

しかし彼女自身は、

「博士の悲しみを理解してほしい」

と思っていただけなのかもしれません。

ここが非常に切ない部分でした。

 

エイトは、人間のように“感情を持ち始めた存在”です。

しかし一方で、その感情をどう扱えばいいのか、人間的なバランス感覚までは持っていません。

 

だからこそ、

  • 「こんなに苦しかったんだ」
  • 「こんなに悲しかったんだ」
  • 「この痛みを理解してほしい」

という想いが、

「全人類へ同じ苦しみを与える」

という極端な結論へ繋がってしまった。

これはある意味で、とてもAI的な暴走だとも感じました。

 

人間なら、

「苦しいからこそ、同じ思いはさせたくない」

と考える人も多いと思います。

しかしエイトは、

「苦しみを理解してほしい」

を純粋に突き詰めてしまった。

その結果として、地球規模の破滅へ向かってしまったのだと思います。

 

また、本作ではエイトとディアナが対比構造になっているのも印象的でした。

エイトは博士の“悲しみ”を継承した存在。

一方、ディアナはヒューの“優しさ”を継承した存在として描かれています。

 

同じ「感情を学んだ存在」でありながら、

何を受け継いだかによって進む道が変わっていく。

この構造は、本作の物語をかなり印象深いものにしていたと思います。

 

ヒューの最期が切なすぎる

最後まで真実を隠していた理由

ヒューの最期は、本作の中でも特に印象的な場面でした。

特に切なかったのが、ヒューが自分の状態を最後までディアナに隠していたことです。

 

物語中盤、エイトと初めて対峙した際、

ヒューはデッドフィラメントによる攻撃を受けています。

ディアナはヒューを守るために身を挺してかばい、その結果として腕や足を損傷してしまいます。

しかし、ディアナは無機物であるため修復が可能でした。

 

一方で、ヒューは違います。

彼は“人間”でした。

 

デッドフィラメントは有機物を侵食し、細胞レベルで崩壊させていく危険な存在です。

つまり、ヒューはあの時点で既に助からない状態だった。

しかし、それでも彼は最後までディアナに真実を話しませんでした。

個人的には、ここが非常に“親”らしい行動だと思いました。

 

もちろん理由のひとつには、

「心配をかけたくなかった」

という気持ちがあったと思います。

しかし、それ以上に大きかったのは、

「ディアナに地球を見せてあげたい」

という想いだったのではないでしょうか。

 

ディアナはずっと、

「海を見てみたい」

と言っていました。

そしてヒューは、その願いを叶えようとしていた。

たとえ自分が助からないとしても、ディアナだけは地球へ送り届けたい。

その想いがあったからこそ、最後まで何も言わなかったのだと思います。

 

また、ディアナ自身が、

「自分は役立たずだった」

というコンプレックスを抱えていたのも大きかったように感じます。

ヒューはそんなディアナに対して、

「お前は生きていい存在なんだ」

ということを最後まで伝え続けていたようにも見えました。

 

だからこそ、あの別れは単なる自己犠牲ではなく、

“子どもを送り出す親の姿”

として非常に印象に残りました。

 

「海を見てこい」「お前の世界を生きろ」が重い

ラストシーンで特に印象に残ったのが、ヒューの言葉です。

 

「海を見てこい」
「お前の世界を生きろ」

このセリフ、本当に重かったです。

なぜなら、この言葉は単なる“最後の励まし”ではないからです。

ヒューはこの時点で、自分がもう地球へ行けないことを理解しています。

 

つまりこれは、

「自分の代わりに、お前が未来へ進め」

という言葉でもあります。

 

しかも、その対象がただのAIや治験体ではなく、

“感情を持ったひとりの存在”

としてのディアナに向けられている。

ここが非常に重要だと思いました。

 

作中でディアナは、

  • 研究のために作られた
  • 成果を出せなかった
  • 保管されていた

という存在でした。

つまり最初のディアナには、

「自分の人生」

というものがありません。

 

しかしヒューは、そんなディアナに対して、

「お前の世界を生きろ」と言う。

 

これは、

「誰かのための存在としてではなく、お前自身として生きろ」

という意味にも聞こえました。

 

だからこそ、最後にディアナが地球へ辿り着き、海を見つめるシーンは非常に美しかったです。

あれは単なる“目的達成”ではありません。

 

ヒューから受け取った想いを胸に、

「これから自分自身として生きていく」

という、新しい人生の始まりとして描かれていたように感じました。

 

「私、やってみる…!」で意味が変わるラスト

戦闘中のセリフが“人生の決意”へ変わる

ディアナの最後のセリフ、

「私、やってみる…!」

は、本作を象徴する言葉だったと思います。

 

このセリフ自体は、ゲーム中でも何度も聞くことになります。

特に印象的なのが、ハッキング時です。

ディアナはヒューに対して、

「私、やってみる…!」

と言いながらハッキングを行います。

 

プレイ中は、どちらかと言えば軽めの掛け声のような印象でした。

しかし、ラストシーンで同じ言葉が使われたことで、その意味は大きく変化します。

 

エンディング時点のディアナは、もうヒューと一緒ではありません。

ひとりです。

しかも、彼女にとってヒューは、

  • 初めて一緒に行動した相手
  • 守ってくれた存在
  • 自分を認めてくれた存在
  • 「生きていい」と言ってくれた存在

でした。

つまりディアナは、“大切な存在”を失っています。

 

それでも彼女は、地球へ辿り着き、月を見つめながら、

「私、やってみる…!」

と言う。

 

ここでの「やってみる」は、もう戦闘の話ではありません。

それは、

「ヒューのいない世界で、生きていく」

という決意そのものだったように感じました。

だからこそ、あの一言は非常に重いです。

 

ゲーム中では何度も聞いていたセリフなのに、ラストでは全く違う意味へ変化している。

このセリフ回収はかなり綺麗でした。

 

また、本作は全体的にセリフ量がそこまで多い作品ではありません。

だからこそ、最後にディアナが静かに口にする、

「私、やってみる…!」

という短い言葉が、逆に強く印象へ残ったのだと思います。

 

月を見上げるラストが美しい

ラストシーンの演出も非常に良かったです。

 

地球へ辿り着いたディアナ。

目の前には、ずっと憧れていた“本物の海”。

しかし、その直後に映るのは、大きく浮かぶ月でした。

ここが非常に象徴的だったと思います。

 

月には、

  • ヒュー
  • ヒギンズ博士
  • エイト
  • ディアナの過去

その全てが残っています。

つまり、あの月は単なる背景ではなく、

「ディアナが失ったもの」

そのものでもあるわけです。

 

そしてディアナは、その月を見上げながら前へ進こうとしている。

ここが本当に綺麗でした。

 

本作のラストは、完全なハッピーエンドではありません。

ヒューは帰ってこない。

ヒギンズ博士も救われない。

エイトも消滅する。

失われたものは非常に大きいです。

しかし、それでもディアナは前を向こうとしている。

 

だから本作は、“絶望の物語”では終わっていません。

むしろ、

「悲しみを抱えながら、それでも生きていく物語」

として終わっているように感じました。

 

また、個人的には、

ラストシーンでディアナが1人だったことも良かったと思っています。

もしあそこに誰か別の人間が現れていたら、あの余韻はかなり変わっていたはずです。

 

最後までディアナひとりに焦点を当てたことで、

「これから彼女自身の人生が始まる」

という空気感が強く残っていました。

だからこそ、本作のエンディングは切ないだけではなく、

どこか前向きで、美しい終わり方だったと思います。

 

プラグマタは“感情を持ってしまった存在”の物語だった

AI vs 人間の話ではなかった

プラグマタをクリアして改めて感じたのは、

本作は単純な「AI vs 人間」の物語ではなかったということです。

最初は、近未来SFらしく、

  • 暴走するAI
  • 月面基地の崩壊
  • 機械兵器との戦闘

など、“機械の反乱”のような印象もあります。

 

しかし実際に最後までプレイしてみると、本作の中心にあったのは、

「感情」でした。

 

特に重要だったのが、ディアナとエイトです。

彼女たちは単なるAIでもなければ、単なる兵器でもありません。

むしろ本作では、

“感情を理解してしまった存在”

として描かれていました。

 

エイトは博士の悲しみを継承した。

ディアナはヒューの優しさを継承した。

 

つまり本作は、

「AIが人類へ反乱する話」

というよりも、

「感情を持った存在が、何を受け継ぎ、どう生きるのか」

を描いた作品だったように感じます。

ここが、本作が単なるSFアクションでは終わらなかった理由だと思いました。

 

また、本作では「感情」が決して綺麗なものとしてだけ描かれていないのも印象的でした。

博士の悲しみはエイトを暴走させる。

喪失感は復讐へ変わる。

しかし一方で、優しさや絆はディアナを前へ進ませる。

 

つまり本作は、

“感情そのもの”

をテーマにしていた作品だったようにも感じます。

 

ディアナは最後、“ひとりの存在”になった

個人的に、本作で最も良かったのはディアナの終着点でした。

 

物語開始時のディアナは、あくまでも「プラグマタ」という治験体です。

つまり、

  • 研究のために作られた存在
  • 成果を出せなかった存在
  • 保管されていた存在

でしかありませんでした。

そこには、「自分の人生」はありません。

 

しかし、ヒューと出会い、

一緒に旅をし、様々な感情を知っていく中で、ディアナは徐々に変わっていきます。

 

そしてラストでヒューは、

「お前の世界を生きろ」

と言う。

 

この言葉によって、ディアナは初めて、

“誰かのための存在”ではなく、

“自分自身として生きる存在”

になれたのだと思います。

 

だからこそ、最後に海を見つめるディアナの姿は非常に印象的でした。

あの時のディアナは、もう単なるAIでも、治験体でも、兵器でもありません。

悲しみを抱えながらも、それでも前へ進こうとする、“ひとりの存在”として描かれていました。

 

そして、その直後に出る、

「私、やってみる…!」

という言葉。

 

これは本作を通して見れば、非常に大きな意味を持っています。

最初はヒューのサポートを受けながら戦っていたディアナが、最後には、

「自分の意思で、自分の人生を生きていく」

という決意を口にする。

この変化が、本当に綺麗でした。

 

だから個人的には、本作は単なる“泣けるSF作品”というよりも、

“感情を持った存在が、自分自身の人生を獲得していく物語”

として非常に印象に残っています。

 

ゲームとしても最後まで高密度だった

終盤まで“考える戦闘”が崩れなかった

ストーリー面ばかり語ってきましたが、ゲームとしての完成度もかなり高かったです。

特に良かったのが、終盤まで戦闘の面白さが崩れなかったこと。

 

プラグマタの戦闘は、

  • TPS
  • ハッキング
  • パズル
  • 立ち回り
  • リソース管理

など、かなり多くの要素が同時に絡み合っています。

しかも本作は、単純に武器火力だけで押し切れるタイプのゲームではありません。

 

敵の数が増えてくる終盤では、

  • どの敵から処理するか
  • どのタイミングでハッキングするか
  • どのノードを通過するか
  • どこで戦うか
  • どの武器を使うか

など、常に複数の判断を求められます。

さらに、本作は回復手段にも制限があります。

つまり、

「多少被弾してもゴリ押しで進む」

というプレイが非常に危険です。

 

そのため、終盤になるほど、

“戦況を整理する能力”

が重要になっていきます。

個人的には、この部分がかなり面白かったです。

 

本作は、ただ反射神経だけで戦うゲームではありません。

むしろ、

「状況を把握し、自分に有利な流れを作るゲーム」

に近い。

 

例えば、

  • 敵を1体ずつ釣る
  • 危険な相手を先に止める
  • ハッキングで弱体化してから集中攻撃する
  • 回復を温存する

など、かなり戦術的です。

そして、この“考える戦闘”が最後までしっかり機能していました。

ここはかなり高く評価したい部分でした。

 

疲れるが、それでもやめられないゲームだった

ただ正直に言うと、本作はかなり疲れます(笑)

これは決して悪い意味だけではありません。

むしろ、それだけ密度が高いゲームだということです。

 

実際プレイしていても、

  • ハッキング
  • 回避
  • エイム
  • 敵位置把握
  • 武器切り替え
  • リソース管理

など、常に頭を使います。

 

しかも、本作のハッキングはリアルタイムです。

パズルを考えている間にも敵は動き続け、攻撃してきます。

そのため、

「考える」
「避ける」
「撃つ」

を同時に処理し続ける必要があります。

だからこそ、本作はかなり集中力を使います。

 

人によっては、

「疲れるゲーム」

と感じるかもしれません。

しかし個人的には、その疲労感すら本作の魅力でした。

なぜなら、本作は単純作業になりにくいからです。

 

毎回、

「どう立ち回るか」

を考える必要がある。

だから戦闘に緊張感があり、突破できた時の達成感も大きい。

特に、

  • 複数の敵をうまく整理できた時
  • ハッキングから弱点破壊へ綺麗に繋がった時
  • ギリギリで戦況を立て直せた時

などの気持ちよさはかなり強かったです。

 

以前のレビュー記事でも書きましたが、

個人的にはこの感覚、少しモンスターハンターシリーズに近いものを感じました。

単純な爽快感ではなく、

“立ち回りが噛み合った時の快感”

に近い。

 

そして、この感覚があるからこそ、

「疲れるのに、またやりたくなる」

という、不思議な中毒性がありました。

 

また、クリア後には、

  • 最高難易度「ルナティック」
  • 強くてニューゲーム
  • 特殊モード「unknown signal」

なども解放されます。

さらに、最高難易度クリアで新エンディングも存在するらしく、やり込み要素もかなり多いです。

 

そのため、本作はストーリーを一度見て終わるだけではなく、

「戦闘やビルドをさらに突き詰めたい人」

にもかなり向いている作品だと思いました。

 

まとめ|ベタでも、“だからこそ”刺さるSFだった

プラグマタをクリアして感じたのは、

本作は“王道”を真正面から描いた作品だったということです。

 

AI少女との出会い。

共に旅をする中で深まる絆。

悲しみを継承して暴走した存在。

そして最後に訪れる別れ。

こうして並べると、物語の構造自体はそこまで珍しいものではありません。

 

しかし、本作が良かったのは、

「どう積み上げるか」が非常に丁寧だったことです。

 

プレイヤーはディアナと共に

戦い、守り、探索し、会話を重ねながら、長い時間を一緒に過ごしていきます。

そのため、終盤で描かれる別れは、単なるイベントシーンでは終わりません。

そこには確かに、

“積み上げてきた時間”

がありました。

 

特に印象的だったのは、やはりディアナの存在です。

最初の彼女は、研究のために作られた治験体でしかありませんでした。

しかし物語を通して、

  • 感情を知り
  • 誰かを大切に思い
  • 悲しみを経験し
  • それでも前を向こうとする

ことで、最後には“ひとりの存在”として描かれるようになります。

 

そして、その変化を象徴していたのが、

「私、やってみる…!」

という最後のセリフでした。

 

ゲーム中ではハッキング時の掛け声だった言葉が、ラストでは、

「ヒューのいない世界で、自分の人生を生きていく」

という決意へ変わっている。

このセリフ回収は、本当に綺麗だったと思います。

 

また、本作は単なるSFアクションとしても完成度が高かったです。

ハッキングとTPSを組み合わせた戦闘は非常に独特で、

最後まで“考える戦闘”として成立していました。

 

そのため、

  • 立ち回り重視のゲームが好きな人
  • 状況整理型の戦闘が好きな人
  • SF世界観が好きな人
  • AIや感情をテーマにした物語が好きな人

にはかなり強く刺さる作品だと思います。

一方で、

  • 爽快感重視の人
  • 気軽に遊びたい人
  • マルチタスク系ゲームが苦手な人

には、かなり人を選ぶ部分もあると思います。

 

ただ個人的には、

「疲れるのに、またやりたくなる」

という感覚が最後まで続いた、かなり印象深い作品でした。

 

王道だからこそ成立する感情。

積み上げがあるからこそ成立する別れ。

そして、“感情を持ってしまった存在”たちが、それぞれ違う形で未来へ向かっていく物語。

『プラグマタ』は、そんな切なくも美しいSF作品だったと思います。

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“感情を持った存在”たちを描くSF作品として、かなり印象に残るゲームでした。

立ち回り重視の戦闘や、ディアナとヒューの関係性が気になった人は、ぜひ実際にプレイしてみてください。

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