【情報依存からの脱却】情報を減らしたら思考と感情はここまで静かになった

 

現代は、情報が多すぎる。

スマホを開けばニュースが。

動画を見れば次のおすすめが。

気づけば、誰かの意見や議論が目に入る。

 

私たちは一日中、何かに反応している。

この状態は「情報過多」と呼ばれ、以前から研究されてきた現象でもある。

 

未来学者のアルビン・トフラーは、著書『Future Shock(未来の衝撃)』の中で、

「情報があふれる社会では人は強いストレスや混乱を感じやすくなる」

と警告した。

 

つまり、「なんとなく疲れる」のは気のせいではないのだ。

私自身も、他人との比較やニュースなど、情報の波に溺れかけていた。

そこで30日間、意図的に情報を減らしてみることに。

 

この記事はその体験から基づく、記録である。

 

情報依存とは何か?|刺激が切れると不安になる

情報依存というと大げさに聞こえるかもしれない。

だが心理学の研究では、

「情報量が増えるほど判断力が落ち、疲労感や不安が高まりやすい」ことが報告されている。

 

つまり、問題は「意志の弱さ」ではなく、構造そのものにある。

  • 暇があればスマホを開く
  • 無目的に動画を流す
  • 議論を追い続ける

これは知的好奇心というより、刺激が切れることへの不安に近い。

 

私もテレビは10年以上見ていないし、SNSも使っていない。

それでもYouTubeやネット記事で、思考は細かく分断されていた。

それは情報の量というよりも、「接触の質の問題」だと感じた。

 

実際にやったこと|情報を減らす具体策

  • ニュースアプリ削除
  • YouTubeは目的があるときだけ
  • 無目的スクロール禁止

結果、スマホ使用時間は1日1時間未満になった。

 

研究でも、

「スマホ利用時間が長いほどストレスや不安傾向が高まる」可能性が示唆されている。

実際に減らしてみると、私はそれを体で理解することができた。

 

一番大きな変化|精神の波が立ちにくくなった

最初に感じたのは、イライラの減少。

その次に、不安感の減少。

 

そして何より、「精神がフラット」になった。

様々な情報によって、感情に起伏が起きるということが無くなったため、常に穏やかな状態でいることが増えたのである。

 

以前は、ニュース一つで感情が揺れた。

誰かの成功で焦りが生まれた。

議論を見れば無意識に立場を選ぼうとした。

 

情報は、常に反応を要求する。

だが減らしてみると、反応そのものが減った。

あれだけ荒れていた波は、徐々に凪へと変わっていったのだ。

 

比較が消えると、自分の思考が戻る

社会心理学では、

「人は無意識に他者と自分を比較し続ける傾向がある」といわれる。

 

情報が多いほど、その比較対象も増える。

他人を見続けている限り、人生は常に“採点中”になる。

情報を減らすと、採点者がいなくなる。

 

すると、ようやく考えられる。

私はそれまで、「考えているつもりで反応していただけ」だったと気づいた。

 

情報を遮断して寂しさはあったか?

まったくなかった。

孤立感や流行に遅れることへの焦りなども、特に感じなかった。

情報が遮断されても、普通に生活は回るし、そのうえで困るようなことも起きなかった。

 

実際、多くのニュースや議論は私の生活にほとんど影響を与えない。

見なくても、人生を左右するようなことには結びつかない。

今まではただ、必要以上に浴びていただけだったのだ。

 

情報を減らして増えたもの

増えたのは、

  • ゆったりとした時間
  • 落ち着いた精神状態
  • 1つのことを長く考える力

刺激が減ると、思考の持続時間が伸びる。

これは研究でも指摘されているが、実際にやってみるとよく分かった。

 

心が落ち着きを取り戻し、精神がフラットに保たれる時間も増加。

他者との比較や終わらない議論から離れると、自分だけの思考と時間が、静かに流れ始めるのである。

 

まとめ|情報を減らすことは、主体性を取り戻すこと

情報を追い続けることは、一見すると前向きに見える。

だが、常に反応し続ける状態は本当に主体的だろうか。

 

情報を減らすことは、逃げではない。

思考と感情を守るための調整だ。

 

世界は騒がしい。

だが、そのすべてに反応する義務はない。

世界を全部知ろうとしなくても、自分の1日はちゃんと進むのだから。

 

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