最近、自分の中できちんと整理しておきたいと思ったことがあります。
それは、「弱者男性」という言葉と、自分の立ち位置についてです。
この言葉は、ネット上ではさまざまな意味で使われます。
- 時には自虐的に、
- 時には社会批評として、
- 時には攻撃的に。
私はYouTubeで、あえて「日本一の弱者男性」というキャラクターを名乗っています。
これはエンタメ的な表現でもあり、自分を誇張したネタのようなもの。
しかしそれは、自分を「本気でそう定義している」わけではありません。
今日はそのギャップも含めて、正直に書こうと思います。
ちなみに、日本一の弱者男性を名乗って活動しているyoutubeチャンネルはこちら▼
弱者男性キャラと現実の自分
YouTubeでは、自虐寄りの表現を使うことがたまにあります。
それは場を明るくするためでもあり、自分の立ち位置を分かりやすくするため。
キャラクターとしてのブランディングや、注目を集めるためのマーケティング戦略のようなものですね。
なので、現実の私は「常に自分を弱者と思いながら」生きているわけではありません。
- 生活は安定しているし、
- 家計管理はしっかりと設計しているし、
- 自分の最低生活費も把握している。
- 毎月の貯金だってそれなりにできている。
なんだかんだ言っても、割と安定して楽しく生きているのです。
悲観だけで自分を見ているわけではありません。
YouTubeのキャラと、実際の自己認識は異なっている。
これは矛盾ではなく、「表現と現実の役割の違い」だと考えています。
「弱い部分」はあるけど固定化はしない
私は収入面で特別強い立場ではありません。
社会的に目立つ存在でもありません。
その意味で、強者ではないのは事実です。
しかし同時に、それを理由に人生を決めるつもりもありません。
大切なのはラベルではなく、どのように生活を設計しているかだと思っています。
弱さがあることは否定しません。
ただ、それに支配されることも望まないだけです。
双極性障害と「感情」の問題
私は双極性障害を患っています。
そのため、感情が大きく動いてしまい、コントロールできないことがあります。
気分が異常なまでに上がる時もあれば、ちょっとしたことで極端に落ち込む時もある(笑)
だからといって、「感情に振り回されない人間になろう」と無理をしているわけではありません。
感情が動くこと自体は、自然なことだと受け止めています。
ただ一つだけ意識していることがあります。
それは、「感情だけで大きな判断をしないこと」です。
生活設計や家計の判断は、数字と構造を基準にしています。
感情は参考情報であり、最終判断は仕組みに任せる。
これは「感情を否定する」という意味ではありません。
感情がある前提で、補強するという考え方です。
自転車に対する補助輪みたいな感じかな(笑)
なお、感情との向き合い方については、こちらの記事で詳しく書いています▼

自分が選んでいる生き方
私が選んでいるのは、
- 競争の最前線で勝つ生き方ではなく、
- 静かに安定を積み上げる生き方です。
強さを誇るよりも、構造を整えることを優先しています。
- 派手さよりも継続。
- 刺激よりも安定。
- 感情よりも設計。
これは逃避ではなく、自分に合った戦略だと思っています。
「弱者」という言葉との距離
この言葉を完全に拒否するつもりはありません。
社会の中での一側面として、そう呼ばれる立場が存在することも理解しています。
しかし私は、そのラベルを自分の人生の定義にはしません。
言葉は説明のための道具であって、「自己定義そのものではない」と考えているからです。
私の立ち位置の宣言
私は、
- 自分の弱さも認めます
- 感情の波も認めます
- しかしそれに固定されることは選びません
YouTubeではキャラクターとして弱者男性を名乗っています。
しかし、それは表現です。
現実の私は、「設計で生活を安定させ、楽しく生きること」ができています。
私は、他者との競争やヒエラルキー、勝敗のある世界で生きてはいません。
「自分に合った設計で作った世界」に生きているのです。
まとめ
私は、弱者かどうかよりも、どう生きるかの方が重要だと考えています。
ラベルで人生を決めるのではなく、自分に合った設計を自分で作る。
感情があることも前提にしながら、仕組みで補強していく。
世間的には、弱者男性と呼ばれる位置にいますが、それはあくまでも客観視点です。
私という主観から見れば、自分は「普通に生きているただの人間」だと思います。
(`・ω・´)b
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